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岡部騎手引退、サンケイスポーツ独占手記[サンスポ]
右ひざの手術などで399日間の休養から昨年1月25日に復帰。1年フルに乗れなかったにもかかわらず、JRA60勝を挙げて東西総合16位、関東8位と年齢、長いブランクを考えれば、驚くべき成績を残した。JRA重賞は勝てなかったが、12月23日の名古屋競馬の交流GII名古屋グランプリで、ワイルドソルジャーとコンビを組んで絶妙なペースで逃げ切り、関係者、ファンをうならせた。
◆岡部騎手のサンケイスポーツ独占手記
悔いがないといったら、嘘になるかもしれない。でも、今が引き際と思い、自分自身に悔いがない騎手生活だったと言い聞かせている。(中略)
馬事公苑“花の15期生”、最強世代といわれてきたことを誇りに思うが、若い頃から仲間内で「一番最初にやめるのはオレだ」と言ってきた。それくらい、自分は素質がないと感じてきた。(中略)
引退を本気で考えたのは、2月20日の東京競馬が終わった直後。しばらく勝てなかった(55連敗)のはわかってはいたが、勝利よりも、寒さの影響で体が動かず、思うような騎乗ができないことがショックだった。(中略)
親しくしているアイルランドの超一流ホースマンに、レスター・ピゴットの話を持ち出されたのがこたえた。ピゴットは英国の至宝騎手で50歳代後半まで乗ったが、晩年はボロボロだった、と話されたのも、自分のことを言われているのかと感じ、ショックを受けてやめる決意をした。(後略)
●記録 JRA通算2943勝は歴代トップ(2位は武豊の2534勝=6日終了現在)。JRA重賞165勝は武豊の201勝に次いで2位。GI31勝(グレード制が導入された59年以降が対象)は45勝の武豊に次いで2位。54歳の誕生日を4日後に控えた14年10月27日、天皇賞(秋)をシンボリクリスエスで勝ち、自身が持つGI最年長優勝記録を更新した。このほか、1万8646回は最多騎乗。1252回は重賞最多騎乗。さらに昭和50年から平成14年まで28年連続重賞優勝も第1位だ。
★引退後は
岡部騎手は「調教師は騎手とはまったく違う才能が要求される。自分にはなる考えがない」と言い続けてきた。今後については未定だが、「騎手を育ててみたい」と熱意を見せてきた経緯もあり、功績を高く評価しているJRAでは、騎手養成部門の重要なポストを依頼する予定だ。
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